コロナ禍でどうして不安になり悩みは尽きないのか

YouTubeで浄土真宗のお話

こんにちは。kobaです。

今回は少し重めのテーマです。
苦手な方、辛い方は読み飛ばして下さい。

皆さんもご存知と思いますが芸能人の方の自殺が続いています。
それに関してYahooの知恵袋を見ていたらとある投稿が目に止まりました。
少し引用します。


自殺を選んでしまう人は孤独だとか
悩みを誰にも打ち明けられないとか言われますが
本当にそうでしょうか?
(中略)
結局、悩みを相談できないから死を選ぶというより、相談して一瞬は心が楽になったような感じがしても現実の悩みは解決しない、もしくは今の悩みが解決しても、また別の悩みがやってくるとか
そーゆう事なのかな?って考えるようになりました。
皆さまはどう思いますか?
何かご意見あれば教えてください。

この文末はとても的を得ているというか、真実だと思います。



常に何か不安。
何をしていても薄皮一枚不安。
家族がいても孤独。いなくても孤独。

コロナ禍で先行きの見えない不安から、誰しもが不安な気持ちになっています。

私達は失いそうになって初めて不安になるのですが、実は「得た瞬間から失い始めている」ともいえます。
例えば子供は授かった瞬間にお別れが始まっているし、生まれた瞬間から歳を取り始めます。
『無量寿経』というお経があります。
これは浄土真宗が所依の経典としている「浄土三部経」の一つで、とても大切にされているお経です。その中に

田あれば田を憂う。宅あれば宅を憂う。(中略)田なければまた憂えて田あらんと欲う。宅なければまた憂えて宅あらんと欲う。

という言葉があります。
田んぼが狭いと「もっと広い田んぼがあればいいのに」と思うし、家でも同じことが起こります。
でも田んぼが広いということは、アッチもコッチも見なきゃいけないので心配の種は尽きません。家だって広すぎると使ってない部屋があったりして持て余すことがあります。
この問題はお金とか子供とか仕事とか、現代の私達の悩み苦しみにも通じます。

少ないと欲しくなり、多すぎると悩みの種。

そんなことをしている間にどんどん歳を取り、一歩一歩死に向かっていきます。
言うなればこれらは「当てにならないもの」であり、私達は「当てにならないもの」を当てにしているから虚しさから逃れられない。



永遠に消えない宝物。
それを求めてきたのが宗教であり、仏教です。

色々なお寺で仏教の教えを聞く場が開かれていますし、今はYouTubeでも素晴らしいチャンネルがたくさんあります。

一度ご覧になってみては如何でしょう!!

<おススメYouTubeチャンネル>

『桜嵐坊の仏教部屋』

『武田正文の仏心チャンネル』

『浄土真宗の法話配信』

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